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「平和だなー……」
澄んだ空、暖かな光、鳥の囀ずり、豊かな緑。
どれを取ってもこの町は申し分ない。
「……ふぅー」
朝の少し冷たい空気を肺一杯に吸い込み、深く深呼吸する。
自分の住む町をここまでべた褒めする奴も珍しいだろう……。
でもまぁ、俺の知る限りではこの葉月町が最高の町だ。
……他の町をあまり知らないのだが。
土曜日の午前中ということもあり、町には人気が少なく、平日と比べて活気もない。
だが、俺はこの静かな雰囲気も結構好きなのだ。
──俺が今向かっているのは、学校。
といっても授業を受けに行くわけではない。
いわゆる、部活ってやつだ。
中学時代三年間、剣道部に所属していた俺は、当たり前のように高校でも剣道部に入部した。
まぁ中学生の時とは比べ物にならない程大変だが、楽しいことには変わりない。
そんなわけで、俺は学校への道を機嫌良く歩いているってことだ。
「殺那殿ーっ!! 待ってくだされー!」
背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の主は検討がつく。
あんなおかしな喋り方の奴はそうそういないからな。
俺は振り返らずに、歩みを速めた。
「殺那殿っ! 待ってくださらぬのか!……拙者、切腹するでござる!」
無視。
ひたすら無視だ。
気にするな……俺!
「切腹するでござるよー! 拙者、本気でござる! 殺那殿が待ってくださるなら考え直すでごさる! 殺那殿! 殺那殿ーっ!」
「あぁーっ!もう! うっせぇんだよ! 待てばいいんだろ待てば……!」
背後からの声の押しに負けた俺は、速めていた足を止めて振り向いた。
声の主はもちろん、転校生──岩波成。
「やぁ殺那殿。今日もいい天気でござるな」
「何だその変わりぶりは! そしてお前、ござるって何だござるって! 昨日までそんな事言ってなかっただろ!?」
「いやぁ、昨日大河ドラマというものを見たんでござるよ。 そしたら拙者と同じようなしゃべり方の者達が、語尾に“ござる"とつけていたのでござる」
「お前は小学生並に影響されやすいんだな!!」
「お褒めの言葉感謝でござる」
「褒めてねぇよ!!」
成が転校してきてから、もう1ヶ月近く経つ。
転入初日から、“迎えに来た"とか何とかわけのわからない事を言ったかと思えば……俺に付きまとい始め、何故か剣道部にも入部した。
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