始まりの風は紅かったり違ったり

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  奔(ハシ)る刃、流す一撃。 高速で突き出される槍の一撃を、千鶴はすんでに愛刀で受け流す。 槍の間合いまで、わずか三メートルの接近をリフィカルは許さない。 長柄の武器にとって、距離は常に離すもの。 二メートル超の武器を持つリフィカルは、自らの射程範囲に入ってくる敵を迎撃するだけでいい。 踏み込んでくる外敵を貫くことは、自ら打って出る事より容易いのだから。 にも関わらず。 リフィカルは自ら距離を詰め、千鶴に前進さえ許さなかった。 その気性、烈火の如く。 彼の口調とは似つかないほど激しい一撃。 長柄の武器にとって、間合いを詰める事は自殺行為だ。 長大な間合いをもって敵を制し、戦いを制するのが槍兵の戦いである。 故に、前進するリフィカルに勝機はない。 けれど、それはただの定石。 喉を、肩を、眉間を、心臓を、間隙なく貫こうとするリフィカルの槍に、戻りの隙などなかった。 残像さえ霞む高速の打突。 一撃ごとに千鶴を弾き、押し留め、後退させるリフィカルの槍は、一刺しでさえ必殺と称せるだろう。 だがいかにリフィカルが槍の使いに長けていようと、千鶴とてだてに学園一位の実力者ではない。 通常の攻め手など、必殺になどなり得ない。 眉間に迫る穂先を既に弾き、リフィカルの槍もかくやという速度で踏み込む千鶴。 ━━その形容から打突こそ主体と思われるが、槍の基本戦術は払いにある。 長さに物を言わせた広範囲の薙ぎ払いは、もとより身を引いて躱す、などという防御を許さないからだ。 半端な後退では槍の間合いから逃れられず、反撃を試みるような見切りでは腹を裂かれるのみ。 かといって無造作に前に出れば、槍の長い柄に弾かれ、容易く肋骨を粉砕される。 リフィカルと千鶴はほぼ同じ体格だ。 くわえて重装甲でない千鶴にとって、槍の間合い━━旋風のように振り回される攻撃範囲に踏み込むのは難しい。 だが、打突なら話は別だ。 高速の一刺、確実に急所を貫く突きは確かに恐ろしい。 しかし軌跡が点である以上、見切ってしまえば躱す手段はいくらでもある。 千鶴のように、急所を貫きにきた槍の柄を打ち、わずかに軌道を逸らせばそれだけで隙になる。 長柄の利点は自由度の高い射程と間合いだ。 それを自ら狭めた時点で、リフィカルの敗北は決まっていた。かのように思えた。
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