始まりの風は紅かったり違ったり

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  「くっ……!?」 繰り出された一撃は、先の打突より更に高速。 軌道を逸らそうといなしにかかる千鶴が、伽藍ごと弾かれる。 甘く見たのはこちら。 リフィカルの槍に、槍兵の定石など存在しない。 息もつかせぬ連撃を捌く事など誰に出来よう。 千鶴はかろうじて後退しつつ弾き、結果として両者の距離はわずかに開く。 その間隙。 離れた間合いをさらに助走とし、さらなり強撃を放つリフィカル。 嵐のような連撃はその繰り返しにすぎない。 が、それも際だてば神域の技。 すでに二十合。 否、実際はその倍数か。 直線的な槍の豪雨は、なお勢いを増して千鶴を千殺せんと降り続ける。 「━━━━!」 一際高い剣戟。 リフィカルの槍を弾いた伽藍は、そのまま千鶴の手から離れた。 リフィカルの技だ。 直線だけの打突から、一転して千鶴の手首を払うなぎ払い。 それは千鶴にとって、判っていながらも避ける事のできない一撃だった。 剣で槍を受け流す有効手はない。 強く弾けば弾いた以上の鋭さで切り返され、かといって最小の力で受け流しても隙は一向に生まれない。 剣と槍の戦いとは、つまるところいかに間合外から敵を倒すか、という点に集約される。 「チェックメイトです」 言ったリフィカルに躊躇はない。 千鶴を追い詰めようと踏み込んでいた足が止まる。 一瞬で勝敗を決するつもりか。 がっしりと地面に根を下ろしたリフィカルと、無刀となった千鶴の視線がぶつかり合う。 瞬間。 一息のうちに放たれたリフィカルの槍は、まさに閃光だった。 視認さえ許さない。 眉間、首筋、そして心臓。 穿つは三連、全弾急所。 だが。 視る事さえできぬ閃光を、日輪の如き刃が弾き流す。 「…なっ!?」 それは左手で抜かれた鞘。 そして…… 「伽藍の特性はな、俺の意志一つでこの手に現れることなんだよ」 勝ち誇った顔で、千鶴は笑う。 右手に握られた伽藍。 「小癪な━━!」 リフィカルの槍が奔る。 もはや生かさんとばかりに槍の速度はなお上がっていく。 それを烈火の気勢で弾く千鶴。 これより先は進むのみだと、鷹のような双眸が告げている。 耳を打つ剣戟は、よく出来た音楽のようだった。 響きあう二つの鋼。 火花を散らす剣合は絶え間なく、際限なくリズムを上げていく。 両者の戦いは真空に近い。 周囲の空気を巻き込み、近づけばそれだけで切り刻まれる。
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