始まりの風は紅かったり違ったり

66/78
前へ
/132ページ
次へ
         五 敏次が目を覚ますと、そこは白を基調としたあまり広くはない部屋であった。 ベッドと羽毛布団の柔らかい感触が全身を包んでいる。 まだ覚めきっていない頭を振りながらゆっくり身を起こしたところで、ようやくぼんやりとしていた記憶が蘇ってくる。 死んでは、いないようだな…。 点滴の刺さっている左手を握っては開き、握っては開きしてから右手首の先に吹き飛んだはずの手があることに気付いた。 「千鶴先輩の能力らしいですよ」 左側からした不意の言葉にそちらを振り向くと、同じようにベッドに寝ている昌浩がいた。 やはり左手首に点滴用の針が刺さっている。 分かりやすい入院光景だ。 と場違いなことを考えて苦笑する。 「あ~…敏次先輩のせいで全治二週間ですよ。どうしてくれるんですか、まったく」 不満たらたらの様子で唇を尖らす昌浩。 幼い顔がさらに幼く見える。 「こっちは右手が一時的にとはいえ無くなったんだ。むしろ背中からぶち抜いたのに全治二週間で済む君の身体の方が異常だ」 こちらは呆れたようため息を吐きながらこぼす敏次。 嫌みのように言ってはいるが、前のような陰険さはそこから抜け落ちていた。 「背中からぶち抜く方が異常じゃないですか!大体陰陽道と超能力の併用って反則ですよ!なんですかあれ!羨ましい!」 「じゃかしい!絶迦の真髄はあんなもんじゃないんだよ!それをぶち抜いただけで済ませたんだからいいだろ!しかも羨ましいとはなんだ!羨ましいとは!」 「羨ましいものは羨ましいんですよ!敏次先輩がこれ以上強くなったら俺はどうすりゃいいんですか?!」 「どうしなくてもいいわ!」 「イヤです!敏次先輩だって俺の目標なんですから!」 「……………は?」 「だって凄いじゃないですか、五行を均等に操れるなんて。反則ですよ」 結局のところ、そういうこと。 敏次は昌浩が羨ましくて、昌浩は敏次が羨ましかった。 人は自分に無いモノを羨んで、自分にあるモノを見ようとはしない。 「俺もいつか先輩みたいに全部均等に使えるようになりたいですよ」 少しだけ、ほんの少しだけ見方を変えれば、そこには他人が羨む自分がいるのに。 「……はっ、はは、はははは!」 自分の素敵には気付けないけど、気付いてくれる人がいて。 例えばそれを、友達だとか言ってみたり。
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

184人が本棚に入れています
本棚に追加