始まりの風は紅かったり違ったり

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  「あの~、本題に入ってもらえると非常に助かるのですが?」 生殺し状態で待たされていた敏次が、おずおずと手を挙げた。 まぁ確かに妙に軽い雰囲気はあまりに場にそぐわない気もする。 「あー、すまんすまん。まぁ私刑っつっても別にリンチするわけじゃねえんだわ。っつか、判決表渡したんだから目ぐらい通せや」 呆れたように言った千鶴に、敏次はベッドに放られていたバインダーにようやく目をやる。 頭から死刑だと思い込んでいた敏次は、見る必要性を感じていなかったのだが、確かに死刑になるとしても一度は目を通すのが筋である。   《藤原敏次に対する判決表》 教員藤原諸尚殺害、悪魔との契約、第二寮寮長大樹桃香殺害未遂、藤原彰子に対する傷害 上記四犯における罪により藤原敏次(以降、この者を甲とする)は生徒会本部監視下に置かれ、甲はその能力全てをその補助とし遺憾なく発揮させること。 甲がそれを破ることがあれば、社会的または存在的にこの世から抹消することを許可する。   「……………………」 ポカーンと、正規の文章にしてはいやに適当な文体で書かれたそれを眺めて、敏次は脳内で意味を数度咀嚼した。 多少物騒なことが最後に記されているが、それは概ね敏次が生徒会本部に所属することを書いた文章であった。 それのいったいどこが罰なのか。 敏次は今いち納得できない表情で千鶴に向き直った。 当然そういう反応が返ってくるであろうと予測していた千鶴は、敏次に歩み寄るとその手からバインダーを奪い取って、それで敏次の頭を軽く叩いた。 「もちろん、実際死刑という案も出るには出た。まぁ当然っちゃ当然だがな。しかし、だ。頑としてそれを否定する奴が二人ほどいてな。死刑は否決。おかげでどの程度の処罰を与えるかで会議は延長。まったく、面倒なことを呼び込む奴もいたもんだよなぁ」 最後は敏次ではなく、その隣のベッドにいる昌浩に向けて、千鶴は皮肉るように言った。 昌浩は知らぬ存ぜぬの顔で視線を宙に漂わせた。 そこで敏次は、昌浩が反対してくれたことに気付いた。 それが嬉しくもあり、同時に疑問も生まれる。 千鶴は二人と言った。 それは昌浩だけでは数が合わず、ならばもう一人はいったい…。 「僕だよ」 その疑問に答えるかのように、病室の入り口に一つの影が現れる。 「……大樹」 「なんだ、僕のこと知ってくれてたんだ。嬉しい限りだよ」 そう言って、大樹桃香は変わらぬ笑顔を見せた。
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