始まりの風は紅かったり違ったり

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  そうはいっても、いくら判断能力を失っていた時とはいえ自分が殺してしまいそうになった相手というのは、どうしても居心地の悪さが際立つ。 何か言おうとして、しかし口を数回開け閉めする敏次に桃香はやはり変わらぬ笑みを浮かべる。 「あ~…俺のど乾いたんでなんか買ってきますね!」 気を利かせて、であろう多分、昌浩はベッドからおりると備え付けのスリッパを突っかけてそそくさと病室から出ていく。 「それでは私たちも、本日はこれで」 「えっ?ここからが良いとこ……いだだだだだだ、分かった!分かったって!」 堂々と居座ろうとした千鶴の耳を無言で引っ張ると、リーゼレッタは二人に一礼してカツカツと軽快な足取りで病室を出ていった。 千鶴は千鶴で不満を並べながらも大人しくその後ろに続いていった。 先ほどまでの妙に賑やかだった空気はもはやなく、どことなく気まずいような静寂が病室を包む。 「やれやれ、気を利かせてくれているとはいえ、あそこまであからさまにやられると逆に反応しづらいな」 言いながら苦笑をもらした桃香に、やはり敏次は神妙な面持ちで顔を背けている。 その様子を見た桃香は、んー…と何か考えながら頬を掻く。 上を見て、下を見て、また上を見て。 そこでようやく意を決したのか敏次を見る。 「柊先輩から全部聞いたよ」 ピクッと、敏次の肩が動く。 少しでも反応を返すということは、こちらの声は届いているようだ。 「劣等感、だったそうだね。そんなことまで教えてくれなくてもいいのに、まったくあの先輩は余計な事を話すのが好きなようだ」 今度は敏次は反応しなかった。 追い討ちになっているのだろうかと可哀想にも思えたが、ここでそう思うのはおかしいとも思ったので、桃香は言葉を続ける。 「つまらないね。劣等感なんてそんなものに惑わされて、君は本当につまらない人間だ」 また敏次の肩が震える。 言葉が届いているのならそれでいい。 「そんなことを言いだしたら四柱がいる時点で僕たちは劣等感の塊じゃないか。そんなこと、気にする暇があるなら自分を磨けばいいのに」 「……には」 呟かれた言葉を聞き逃して、桃香は一旦喋ることをヤメた。 「…君には解らないさ。第一寮入りを辞退してまで第二寮長になった君には」 それは本心からの言葉だったのか桃香にはおおよそ検討がつかなかったが、それがどちらであれ、桃香は呆れたように口を開いた。
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