始まりの風は紅かったり違ったり

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  「劣等感、だったそうだね。そんなことまで教えてくれなくてもいいのに、まったくあの先輩は余計な事を話すのが好きなようだ」 まったくだ。 本当にお喋りな人だ、と敏次は思った。 いつもいつも人が嫌がるようなことだけは抜け目なくやっていく。 「つまらないね。劣等感なんてそんなものに惑わされて、君は本当につまらない人間だ」 そんなことは百も承知。 結局私は誰もいない舞台の上で一人で踊っていただけだ。 「そんなことを言いだしたら四柱がいる時点で僕たちは劣等感の塊じゃないか。そんなこと、気にする暇があるなら自分を磨けばいいのに」 そうさ。その通りさ。 「…君には」 自分でも知れずに口が勝手に言葉を紡ぐ。 「…君には解らないさ。第一寮入りを辞退してまで第二寮長になった君には」 思い知ったはずの心は、しかしまだどこかで縛られているのか、また嫉妬心丸出しの言葉を吐き出した。 我ながら女々しいことだ。 顔を背けているので大樹桃香の顔を見ることはできないが、おそらく呆れているだろう。 そのまま出て行ってくれと思っていると、顔を両手で掴まれグッと無理矢理振り向かせられた。 「男っていうのはまったく…」 次に唇に温かい感触。 それが大樹桃香の唇だと気付くのに一秒。 キスをされていると認識するのに一秒。 そこでようやく体が動き、大樹を引き離すことに成功した。 離れた大樹は余裕綽々の表情でこちらを見下ろし、あまつ笑ってさえ見せた。 「な、なななななな」 壊れたテープレコーダーのように同じ文字だけ繰り返す敏次に、大樹はベッドの横に備え付けられた座り正面から向き合った。 「まぁ男の子ってのはそういうもんだとは思っていたけど、それでもやっぱりこうも素直だと笑えてくるね」 固まっている敏次の額を指弾する。 「最強なんてのはね、最愛に比べれば足下にも及ばないのさ」 見舞い品であろう、なんとも古典的ではあるが、フルーツ籠の中から桃香はリンゴを取り出すと宙に放る。 リンゴと同時に持っていた果物ナイフを動かす。 視認することを許さない速さで動いたそれは、空中でわずかにリンゴを揺らした。 受け皿として下で構えていたお皿に落ちてきたリンゴは、皮は残っていたものの、芯の部分を切り取られて八等分されていた。   . 「私は嫌いじゃないんだけど、どうかな?」 差し出されたそれを見て、敏次は数秒考えてから苦笑した。 「俺も嫌いじゃないよ、リンゴは」
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