始まりの風は紅かったり違ったり

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    ・  ・  ・  ・ 意識の最奥に落ちた昌浩を待っていたのは走馬灯ではなかった。 見るのはたった一つの記憶。 まだ五つにも満たぬほどに幼い頃の自分と、今より多少若く見える晴明の姿。 『ねぇ、じい様。なんでそんなにかなしそうなの?』 舌足らずな口調で問いかける昌浩(ジブン)。 『昌浩はこれが視えるか?』 差し出した手のひらには何もない。 だが昌浩(ジブン)は楽しそうに、嬉しそうに頷いてみせた。 『うん、うん。きれいだよね、それ』 その答えこそが自分の祖父の表情を曇らせている原因などと、どうして気付くことができようか。 『そうか……』 ため息を吐いた晴明は、こっちへ来いと昌浩に手招きする。 不思議そうに首を傾げながらも祖父に近付く昌浩。 晴明の右の人差し指がその昌浩の額に当てられる。 『お前は少し血を濃く受け継ぎすぎたようじゃな。身に余る力は己を滅ぼす。必要な時がくれば、自ずと解けよう。それまではまだ、普通でいるといい』 祖父の声が響くように耳へ届く。 世界が暗転した。 存在の輪郭が薄れていく。 自分が薄れ、保てずに。 これでいいと自分が言った。 これでいいのだと。 消滅に身を任せようとした自分を衝撃が襲う。金の毛皮を生やした獣の手。 五指の先にある爪が、俺を虚無から引き上げていく。 自らが平面化し、立体化した。 自らが微塵となり、喪失した。 そのそして割れた自分の破片が収束し集中し消えて消えていき俺の俺が思考としている主体の主観が客観的に消失消滅喪失し俺が消えていく。 闇 無 声 混沌へ向かう意識を、黒い長髪が横切る。 彼女はまた泣いていた。 泣かせたくない、泣かせないと誓ったあの日。 そう、まだ意識を手放すわけにはいかない。 応(イラ)え、と誰かが言った。 昔、まだ小学校に通うどころか保育園にさえ行っていなかった頃だろうか。 一度だけ聞いた声。 応え、とまた声がした。 力が欲しいなら応えろと、愉しそうに、残忍な声で、嘲るかのように。 俺はそれに答える。 瞬間、伸ばされていた五指が一気に俺を俺として引き上げた。 エネルギーが力場が引力が、俺の私の僕の自分の我の、部品を破片を断片を微塵を、結集し集結し収集し、回復させ再生させ再構成させ復活させていった。 呼吸。全身の痛み。 光が広がる。
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