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「莉音さん、何読んでるんですか?」
話題が出てこないある日、俺はとうとう莉音さんに聞いた。
「『私の万葉集』面白いよ、読む?」
万葉集……少ないオレの知識の中でその言葉を捜索する。
ああ、あれだ、国語でならったあのややこしいヤツ。
「え、でも、……現代語じゃないんですよね?」
“現代語”という単語が出てくるのに、しばらく時間がかかった。
現役中学生として、やばいよな、うん。
ただ、意味が解る(わかる)ならば読みたい、と思った。
彼女の好きなものならば、何でも知りたい、と思ったし、そこからまた話ができるかもしれない、と思ったからだ。
しかし、意味が解らないならお手上げた。
「現代訳もついてるから、結構楽しんで読めると思うよ?」
その言葉を聞いて、俺は迷わず借りる事を選んだ。
莉音さんが少しだけ微笑んだ気がして、俺も口元がにやける気がした。
「また、あした」
莉音さんはそう言って俺に笑顔を見せてくれたんだ。
向日葵(ひまわり)のように、明るくて、でも、コスモスみたいに、可憐な笑顔……。
でも、そのときはだった、俺は、何故か莉音さんを呼び止めようとした。
でも――やめた。かける言葉が見つからなかった。
でも、なんとなくで、本当に何となくで、
――莉音さんに、もう二度と会えない気がした――
俺は、その考えをふりはらい、塾へと向かった。
塾内でも、莉音さんのあの笑顔が離れなかった。
――もしかしたら、あれは何かのおふれだったのかもしれない
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