君と過ごした愛しい時間

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俺は、家に帰ると、すぐさま莉音さんから貸してもらった本を読み始めた。 莉音さんの言った通り、現代訳もついているし、訳した人がこの短歌はどんな気持ちを詠った(うたった)ものだ、っていうのが書いてあるから、俺みたいな馬鹿でも結構楽しめた。 昔の人っていうのは、凄い。 こんな短い文章で自分の想いを的確に詠ってしまうのだから。 ふと、ピンクの蛍光色が目に付いた。 一つの短歌だけマーカーで目立つように線が引かれていた。 『恋ひ恋ひて 逢へる時だに 美しき 言尽くしてよ 長くと思はば』 意味は 『(あなたが)恋しくて、恋しくて、逢えたこのわずかな間だけでいいから、せめて、愛のこもった優しい言葉を聞かせてください。二人の仲を永遠に続かせようとあなたが思うのならば』という意味だ。 彼女が好きな短歌なのだろうか?そう思って、俺は、この短歌を胸に刻みつけた。 俺も、同じ事を思う。電車の中の、たったの十五分。それしかないのだから、優しい言葉を、かけて欲しいななんて少しだけ、本当に、少しだけ思う。 俺が、こんな事を思ったのがいけなかったのだろうか? 「ヤッベー! 遅刻遅刻! 」 昨日、あの本を夜遅くまで読んでいた所為か、俺は寝過ごした。 でも、そのおかげで、決心がついた。 俺は今日、莉音さんに告白するんだ! もう、迷わない。 「うっせーぞ緋色! 」 俺は、姉ちゃんとの二人暮しだ。 姉ちゃんは会社員。今、洗面台で雌狐に化けている。 「なんで姉ちゃん起こしてくれなかったん! 」 「起こしたわ! なんども! はよメシ喰え! 」 俺は、姉ちゃんが作ってくれたフレンチトーストとサラダをかっこむ。 飯を食ってる暇も惜しいぐらいだけど、飯を食わなきゃ、授業に集中できない。 『次のニュースです。長倉市で起こった事件です、昨夜十時ごろ女子中学生の死体が見つかりました』 その言葉に、フレンチトーストを食べていた手を止め、ニュースを見る。 姉ちゃんがテレビをつけっぱなしにしていたようだった。 冷たい、そのニュースキャスターの声は毎日起こる、ありきたりな殺人事件の様子を伝えていた。 『情報によりますと、長倉市立長倉中学校甲本莉音さんとのことです』 俺にとっては、ありきたりだったら狂うようなニュースだったけれど。
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