君と過ごした愛しい時間

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“甲本莉音”その名前は、俺にとって、世界中でただ一人だけだ。 莉音さんの顔が、画面に現れた。生徒手帳の写真か、俺の初めて見る、莉音さんの制服姿だった。 『酷い有様だったようです、腸を抉り出され、何度も轢いたことが、身体の傷跡から分かっています』 同じ女の人でも、姉ちゃんと違って、なまりのなくて、静かですーっと通るような、声が俺の耳に響いてきた。 ――なんでだよ―― 俺はそう思って、サラダをつまんでいた箸をとりおとした。 「姉ちゃん、ごめんな、俺今日学校いかんわ」 「は?何言って……――」 姉ちゃんの言葉を遮り、俺は言うと、自分の部屋に向かった。 「なあ、どうしたの?緋色」 ドアの向こうから姉ちゃんの声が、聞こえる。 俺は、鍵を閉めて布団の中にもぐりこんでいる。 嘘だ うそだ ウソダ まさか、莉音さんが死んでしまうなんて。 たくさん、俺に色々な事を教えてくれたじゃないか。 昨日本を貸してくれたじゃないか。 涙は不思議と、出なかった。 でも、胸が張り裂けるほど痛かった。 眠ってしまうことが、怖かった。
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