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「失礼します。」
「ああ、あなたは……健太さんの。」
「そうです。息子がお世話になりました。」
彼の体を見た。
癒えない傷が多々あった。が、それだけではない。
どこか彼自身上の空だったのだ。表面から見える傷だけではない。深層心理の奥深くには、一生癒える事のない傷が残されたのであろう。
「今日はどんな話ですか?」
「息子の……息子の死の真相を……聞きに来ました。」
「え……?」
「あの孤島で……何が起こったのですか?」
彼は固まったままだった。無理もない。しかしこの頃の私は、事件の真相……いや、息子の死の真相の方が気掛かりであった。
その真相を知るために今ここにいる。言わば彼を利用しているのである。
「おっ思いだしたくないんですよ……」
「思いだしてください。お願いします!」
彼は必死に口を詰むんでいた。
しかし、私も引くわけにはいかなかった。
「思い出したくないんだよ!
何もかも!孤島で起きた事件を!」
「あなたが忘れれば誰がその惨劇を覚えているんですか?」
「世間は覚えているさ!」
「いいえ、世間は来年には忘れます。一人の男が起こした、ただの事件なんてね。」
「ただの事件なもんか……ただの事件な……」
「私に教えて下さい。真実を。
後は忘れてくれればいいです。お願いします。」
あれから何分経ったであろうか。
いや、実際はそこまで時間は経っていなかったのかもしれぬ。しかし、私はとても長く感じていた。
そんな止まるような時の中で、彼は無言で頷いた。
私はその瞬間、時がようやく動き出したような気がしたのだった。
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