生還した男、語る。

3/4
前へ
/60ページ
次へ
「失礼します。」 「ああ、あなたは……健太さんの。」 「そうです。息子がお世話になりました。」 彼の体を見た。 癒えない傷が多々あった。が、それだけではない。 どこか彼自身上の空だったのだ。表面から見える傷だけではない。深層心理の奥深くには、一生癒える事のない傷が残されたのであろう。 「今日はどんな話ですか?」 「息子の……息子の死の真相を……聞きに来ました。」 「え……?」 「あの孤島で……何が起こったのですか?」 彼は固まったままだった。無理もない。しかしこの頃の私は、事件の真相……いや、息子の死の真相の方が気掛かりであった。 その真相を知るために今ここにいる。言わば彼を利用しているのである。 「おっ思いだしたくないんですよ……」 「思いだしてください。お願いします!」 彼は必死に口を詰むんでいた。 しかし、私も引くわけにはいかなかった。 「思い出したくないんだよ! 何もかも!孤島で起きた事件を!」 「あなたが忘れれば誰がその惨劇を覚えているんですか?」 「世間は覚えているさ!」 「いいえ、世間は来年には忘れます。一人の男が起こした、ただの事件なんてね。」 「ただの事件なもんか……ただの事件な……」 「私に教えて下さい。真実を。 後は忘れてくれればいいです。お願いします。」 あれから何分経ったであろうか。 いや、実際はそこまで時間は経っていなかったのかもしれぬ。しかし、私はとても長く感じていた。 そんな止まるような時の中で、彼は無言で頷いた。 私はその瞬間、時がようやく動き出したような気がしたのだった。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

464人が本棚に入れています
本棚に追加