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愛砂を乗せると、ゴンドラは滑るように進み始めた。
彼は愛砂の瞳から零れ落ちる涙を、細い指でそっと拭うと、その手で愛砂の頬を包み込む。
「申し遅れました……私の名はアペイロン。魂の名で、《限界なき者》という意味です。
私も貴女にお逢いしたかった……幾年(いくとせ)も……ここでお待ちしておりました、愛砂、貴女を」
その言葉に愛砂は首をかしげた。
「あさ……って、誰ですか?あたしはエスペランサです」
はらりと一片、花弁が舞い落ちた。
アペイロンの瞳が見開かれる。
「愛砂……それは《魂の名》……おかしい……《魂の浄化》がこんなにも早いなんて!!……急がねば魂までもが消滅してしまう!」
そう呟くや否や、帯留めに付いていた小さな金色の鈴を指で弾いた。
―――― チリーン……。
澄んだ鈴の音が辺り一帯に響き渡り、それに応えるかの如くゴンドラは加速していく。
花吹雪が行く手を阻むかの如く二人に降り注いだ。
「魂が消滅? 浄化されて、生まれ変わるのではないのですか?」
愛砂の柔らかなセミロングの黒髪が風に靡く。
「ええ、死んだ者の魂はここ、エリュシオンにて浄化、即ち生前の記憶を消し、ゆっくりと魂の傷を癒していくのです。これには普通、とても長い時間を有するものなのですが……それは死者の魂の話なのです。
貴女はまだ生きている……生きた魂は、ここで浄化できぬため、浄化の力が消し去ろうとする力に代わってしまうのです。
そうなってしまったら、私にはどうすることもできません」
アペイロンは苦しそうに瞳を伏せた。
「どうすることもできない? アペイロン……貴方は神様ではないんですか?」
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