光と影とそして華

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翌日のことだ。 瞑はハッと目が覚めた。 時刻を見ると9時30分だ。 この時間ならいつもなら悟に布団を引っぺがえされる頃合いなのに、悟が来ない。 瞑は少し緊張しながら隣の部屋に向かう。 まるで忍びのようにノックもせず、そろりと扉を開ける。 「…あれ」つい声が零れる。 てっきり悟が寝ているかと思ったが、彼のベッドはもぬけの殻だ。 不思議に思った瞑はそのまま居間へ向かう。 居間へと繋がる扉を開くと、食欲を刺激するような美味しそうな匂いが充満していた。 そして、聞こえたのはフライパンにジュッと油で焼かれた音。 この匂いはスクランブルエッグと味噌汁だということに気づく。 「起きたか」 台所に立つ悟は、何事もなかったかのように卵を焼いていた。 その隣では味噌汁をよそう統吾の姿もある。 「もう大丈夫なの?」 「ああ、問題ない」 「寝坊したこと以外はね」 水を指すように笑う統吾を悟はパシンと頭を叩く。 「食うぞ」 両手皿を持ち、悟はそれだけ言って食卓についた。 戻ってきたいつもの日常に瞑は呆気に取られそうだったが「うん!」とすぐに屈託のない笑みを浮かべた。 こうして遅い朝食も取り終わり、統吾は柄沢家を立つ。 ついでに買い物も頼まれた瞑も一緒だ。 「じゃ、瞑ちゃんも気をつけて」 「統吾君は行かないの?」 「俺はもう少しさとりんと話してから帰るから」 そう言う統吾に瞑は首を傾げ、先に歩き出した。 「…で、なんだよ話って」 悟は玄関の壁に背持たれた。 「いや、本当は何でもないんだ」 「なんだそれ」 「ただ、なんて言うかさ…」 統吾は瞑の背中を見ながらぽつりと呟いた。 「瞑ちゃん…成長したなって思って」 「そんなことか」 統吾の発言に悟は短く笑った。 「…俺もそう思っていた」 「やっぱり? でもさー、瞑ちゃんが成長してさとりんのこと"兄貴"とか呼ぶとこは見たくないんだよねー」 「確かにそれは嫌だ」 「でしょ? 俺はいつまでも"兄ちゃん""兄ちゃん"言ってる瞑ちゃんでいて欲しいな」 「…そうだな」 笑う悟だが、彼はそういう訳も行かないことに気づいていた。 いつか弟は自分の足で歩いて行く。 その時にやっと、母親との約束が果たされるのだ。 その日が来るまでこのままーー… 小さくなる瞑の背中を見つめた。 ーー突如変わる日常。 こうして"今日"は色づいて行く。
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