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僕が初めて君に出会った日、君はベビーベッドの上で、もぞもぞと必死にその手足を蠢かせていた。
その得体の知れない生き物に、僕は思わずトイレに駆け込んで吐いた。
何度かに分けて嘔吐いて、それからなんていじらしく弱々しい生物なのだろうと思った。
君は知らないだろう。
僕が君に出会えた喜びに胸を詰まらせ、胃液を大量に洗面台に吐き出したことを。
ああ。
禁断の果実を食べてイヴをみたアダムは、こんな感覚だったのだろうか。
僕は君に出会えた喜びに、全身を震わせて歓喜の声を上げた。
君を憎く思うことがあったかなんて、馬鹿馬鹿しい!
僕はどうあっても君を手に入れなければならないと、そう感じたんだよ?
君の憧憬を、恋心だと思わせるために、誰より自慢の兄を演じた。
脆い危うさを感じさせるために、大嫌いだった虫を大量虐殺した。
そのタイミングであの少女が印象に残るよう、わざわざ呼び寄せた。
どんなに大笑いしたくても、人形のように笑うことを忘れなかった。
君が問題を聞きに来るタイミングを見計らって、何度か愛してもいない彼女に電話をした。
思った通り、君の中の嫉妬心と独占欲を引き出すことができた。
君は最期まで気付く事はなかったね。
僕が紹介した彼女は、どことなく君に似ていたことに。
恋に狂った君はきっとそんなことも知らずに、ただただ僕の掌の上で操られて。
そんな君はとても滑稽で、愚かで、どこまでも愛おしかった。
緩やかに壊れて墜ちてゆく君。
僕の愛は、今君の全身を包んでいるんだよ?
君が刺し殺した彼女の心配はしないで。
僕が綺麗に解体した。
今もちゃんと、資料室のホルマリンの中でゆらゆらと揺らめいているから。
誰にも気付かれることはなく、ひっそりと。
今はただ、ゆっくりと眠っておいで。
安らかなる夢を、見ておいで。
そろそろ休憩も終わる。
僕は仕事へと戻らないといけない。
僕は立ち上がると、その小さな唇にキスをした。
「愛しているよ」
僕の、可哀想な、愛しい妹。
君の口角が、少し持ち上がり笑みをかたどった。
ああ、なんて幸せ。
『ねぇ?
お兄様?』
end.
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