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その日の夜、お兄様は私のベッド際で、いつものように本を読んで下さいましたね。
私はいつもと変わらぬ優しいお兄様の声音に酷くホッとしました。
ああ、いつものお兄様だと、酷く安心したのです。
でも違うんですよね?
お兄様。
いまなら私にもわかるんですよ?
お兄様の本当は、あの暗い虚ろな眼をした方だと言うことが。
地元でも有名な大学病院の経営者。
それが私達のお父様でしたね。
その病院の跡取りとして、第一子のお兄様は、お父様とお母様に、それはそれは厳しく育てられました。
ともすれば、虐待と取られるような躾に耐え、お兄様はお父様達の期待に応えようと懸命に努力なさいました。
お兄様が小学校へ上がったころ産まれた私は、お兄様の時とは打って変わって甘やかされて育ちました。
無償の愛を受ける私を、お兄様はどれほどコンプレックスに感じたことでしょう。
それでもお兄様は、ただ柔らかく常に微笑み、私にも優しく接して下さったのです。
その小さな両肩にのしかかる両親の重圧は、どれほど重かったことでしょう。
ひたすら理不尽に押し付けられる期待は、どれほど辛かったことでしょう。
不平を言うことを赦されずその喉に飲み下した言葉は、どれほど多かったことでしょう。
苦しかったのでしょうね、お兄様。
それこそ吐いてしまいそうになるほどに。
蟻の群を指で押しつぶしながらなお、私の存在に気付かないほどに。
私は気づいてしまったのです。
お兄様の、本当の“笑顔”を、見たことが無いと言うことに。
お兄様。
私の愛しい、可哀想なお兄様。
今もちゃんと笑えているのかしら。
私は心配しなくても大丈夫。
こんなところでも、お兄様を思って笑えていますから。
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