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私は、人形のように耽美に、しかし感情を込めずに微笑うお兄様が少し悲しかったのです。
それでもそんな可哀想なお兄様が、愛しくもあったのです。
私はあれから少し成長し、高校へと通うようになりました。
お兄様は、大学院へと進学いたしましたね。
それは、そう。
私がようやく“高校”という新しい環境になれた頃。
初夏の、酷く空気が湿った日でした。
私は生物の課題でどうしても解けない問題を、お兄様に教えて貰おうと思ったのです。
本当は、もっと努力すれば自分でも解けました。
でも私は、お兄様とお話する口実が欲しかったのです。
お兄様を驚かそうと思った私は、そうっと静かにお兄様の部屋へ向かいました。
それが大きな間違いだったとも気付かずに。
お兄様の部屋のドアは、キチンと閉じておらず、少しだけ開いていたのです。
部屋の灯りが、細く長く隙間から廊下へと伸びておりました。
その灯りの向こう。
ドアの隙間から、お兄様の声が漏れていました。
お兄様は電話で話しているようで、相手の声は聞こえません。
ただ、お兄様の声音は、私たち家族に対して以上に軽い調子で、優しかったのです。
いけないとは思いつつ、私は何かに取り付かれたかのようにふらふらとその隙間に目を当て、お兄様のお部屋の中を覗き見ました。
なんのお話をなされていたのでしょう。
お兄様はやはり優しく笑っていらっしゃいました。
ただ、それが作り物でないことだけは、誰の目にも明らかで。
私は愕然といたしました。
電話の相手は、どんな方かしら?
私にはその相手を知る術はありませんでした。
でも、そうね。
女の第六感と言ったら、お兄様はお笑いになるかしら。
私は、電話の向こう側にいる方が、女性だと解ったのです。
私は慌てて自室に戻るとノートを放り出し、ベッドへ潜り込んで頭まで布団を被りました。
もう、課題どころではありませんでした。
私は、お兄様があんな風に笑うなんて知りませんでした。
そうして、私は言い知れぬ感情が、足元の方からざわざわと駆け上がって来るのを感じました。
そのひどい不快感に、吐き気をもよおす程でした。
そうですね。
私は醜く嫉妬していたのです。
家族の誰も引き出すことの出来なかった、お兄様の笑顔を容易く引き出した電話の向こう側の女性に。
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