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お兄様。
お兄様。
その日もまた、むせ返りそうになる程の酷暑でしたね。
じっとりと汗ばみ、湿り気を含んだ空気が肌のそこかしこへと鬱陶しく纏わりつきました。
それは、まるであの日へフラッシュバックしたようでした。
ええ、そう。
お兄様が無心に蟻を潰していた、あの日。
お兄様は、道路を遮るようにして行列を作っている蟻が、酷く煩わしかったのですよね。
ご自分の行く手を阻まれた様な気がして。
ご自分よりも下等で貧弱で、ただ本能に任せて生きているだけの虫如きに。
自分の未来まで阻まれた様な気がして。
お兄様は、邪魔なモノを排除しただけなのですよね。
私にも、ちゃんとわかるんですよ?
誰より愛しいお兄様の事なのですから。
だからその日、私は憂いて思案したのです。
お兄様が幸せそうな笑顔で、私に紹介してくださった女性を前にして、私は思案したのです。
長い黒髪の美しい、抜けるような白い肌が印象的な女性でした。
何より、いつぞやの少女に似通った女性でした。
私にはすぐにわかりました。
この女性が、あの時の電話の相手なのだと。
この女性が、私のお兄様を奪ったのだと。
暑くて。
暑くて暑くてどうにかなりそうでした。
醜い嫉妬の炎で、気が狂いそうでした。
見つめ合い笑い合う、どこからどう見ても幸せにしか見えない二人の姿を前にして、私は一つの決断をいたしました。
邪魔な蟻を潰したお兄様。
私も、今から蟻を潰そうと思ったのです。
ねぇお兄様。
私はその時、どうしたら良かったのだと思います?
ポケットの中でナイフなんかを握りしめ、作り笑いをしながら機会を伺っている私は、一体どうしたら良かったのでしょう。
愛おしいお兄様。
貴方は私だけのモノなのですよね?
他の誰でもない、私だけのモノなのですよね?
そうしたら、私の邪魔をする蟻など潰してしまえば良いのですよね?
ポケットの中で、ナイフを握る手に、力を込めました。
そして、めのまえが、あかく、あかくそまりました。
まるでその日を象徴するかのような、鮮やかなまでに深い赤色でした。
私は温かなそれをまるで、全てを焼き尽くすよう炎のように感じました。
薄れゆく意識の中、お兄様が秀麗に微笑んでいたように見えたのは、私の気のせいかしら?
──ねぇ?
お兄様。
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