ある夏の日

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私が当時住んでいた1DKは、トイレと浴槽が一緒になったユニットバスでした。ある夜、沸いた頃を見計らって、お風呂に入ろうと浴槽のフタを開くと、人の頭のような影が見えました。頭部の上半分が浴槽の真ん中にポッコリと浮き、鼻の付け根から下は沈んでいました。それは女の人でした。見開いた両目は正面の浴槽の壁を見つめ、長い髪が海藻のように揺れて広がり、浮力でふわりと持ちあげられた白く細い両腕が、黒髪の間に見え隠れしてました。どんな姿勢をとっても狭い浴槽にこんなふうに入れるはずがありません。人間でないことは、あきらかでした。突然の出来事に、私はフタを手にしたまま、裸で立ちつくしてしまいました。女の人は、呆然とする私に気づいたようでした。目だけを動かして私を見すえると、ニタっと笑った口元は、お湯の中、黒く長い髪の合間で、真っ赤に開きました。 (あっ、だめだっ!) 次の瞬間、私は浴槽にフタをしました。フタの下からゴボゴボという音に混ざって笑い声が聞こえてきました。と同時に、閉じたフタを下から引っ掻くような音が・・・。
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