すべて愛だった

１

「智紀も何か飲みなよ。ついでに、ヘネシーおかわりね」

「いただきます」

客に勧められたら、取り敢えず飲む。
それが凱さんの経営方針。

だから俺も、この店に来た当初に比べれば、そこそこ飲めるようにはなった。

雅隆さんのグラスを交換し、新しくお酒を注ぎ、自分の為にカクテルを用意する。

「乾杯」

グラスをあわせて、俺は中身を一気に煽る。

この現実から逃避するために、手っ取り早く酔ってしまいたかった。

「智紀、そんなにハイペースで飲むと酔ってしまうよ」

「そうですね」

身体中を駆け巡るアルコールの、心地よい酊酩感。
それに身を委ねれば、逃避は可能だろうけど、カウンターの中にいる以上、酔ってしまう事もできない。

そんな事になれば、凱さんに迷惑をかけてしまうからさ。

「何で逃げたの？」

「答えたくありません」
聞かれる事は予想していたけど、まさか本当に聞いてくるなんて…。

だけど、それだけは言うわけにはいかない。
それが俺の意地だった。