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草の汁で汚れたぽやぽやしたほっぺを手の甲で擦り、ほぅほぅと犬の遠吠えのように白い息を吐いてまた駆け出し、少年は光る星々に小さな手を伸ばした。
「あれが欲しい!
あれを取って!」
返事を待つことも足を止めることもせずに手を強く握って勢い良く振りながら駆けて駆けて…ふと立ち止まって振り返る。
「知ってるよ。
お星様は、本当には手に入らないって。
でも、欲しいって、手を伸ばさないでいるのは、違うんだ。僕には。
僕はもう、手を伸ばしてもいいんだ。
時々、昔のことを思い出して、怖くなっちゃったりもするけど。
でも、大丈夫。
あれが、欲しいよ。
暖かそうで…キラキラしてて。
胸にしまったら、きっと、ほかほかになるね。
それとも、消えてしまうのかな……」
一本の樹になったようにその場に立ち尽くし、少年はひとつの星を見上げたまま続けた。
「いいんだ。
手に入らなくても。
欲しいものがないよりは、ずっと。
僕の胸のなかには、あの星の面影がある。
あの星が消えても。
カタチのあるものは、みんな、壊れる。
だから、カタチのなくなったものは、もう壊れないんだよ!
みんな、そこにいくんだ。
僕、そのことについて、ずっとずっと長い間、考えてたんだ。
たぶん、これからも考えていくと思う。
この先も、星が消える瞬間を、何度も何度も見るだろうね。
その度に、淋しかったり、哀しかったり、せいせいしたり、くちゃくちゃになったり…何にも感じなかったりするだろうね。
明日は、どんなふうだか、解らない。
けど、そういうことなんだと思う」
一人納得したふうに頷くと、星から目を離して、少年は大きく大きく手を振って、
「じゃあね!
僕、いかなくちゃ。
会えて良かったよ。
僕の名前は……
もう、僕も忘れてしまったから、教えることは出来ないけれど。
また、星を見に来れたらいいなぁ」
少年は再び駆け出し、海のようにうねる黒い草原のなかに消えていった。
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