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春馬の脱走は、逃げかけ、で終わった。
「おい、」
逃げるな、と言わんばかりに肩を掴まれる。
びくり、と体が跳ねた気がする。
春馬の頭はもう、何も考えられなかった。ただ顔だけは背けていた。
手から背中から全身から、変な汗が噴き出す。
「…大丈夫なのか?」
「だいじょぶ、です」
それだけ言葉を紡いだ。
しん、と沈黙が流れる。
気まずい沈黙だった。
思い通りに出来ず唇を噛み締めた。
とても、もどかしい。
(好きなのに…)
寧ろ、好きだから。
好きだから顔を合わせられない。
好きだから、こんな気持ちの悪い自分を知って欲しくない。
嫌われてもいい。
片想いでも何でもいい。
見つめているだけでいい。
見つめているだけで自分の頬は赤らみ、心は苦しいような心地いいような感情で満たされるから。
見つめているだけならば、こんな辛い思いしなくていいから。
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