2人が本棚に入れています
本棚に追加
これがその飾りだ、と、祖父は懐から飾りを出した。陽の光に照らされて、珊瑚が煌めく。二十年も祖父と一緒に生きてきて、僕はその時初めてそれを見た。
「信じるか」
祖父は、からかうように僕に問うた。確かに、にわかには信じがたい話である。素直にそう告げると、祖父は笑って言った。
「信じなくてもいい。誰も信じるまいと思ったから、婆さんにも言わなかった。まぁ他の女の話なんぞ、出来るわけ無いがな」
祖父は頭を掻いた。
「婆さんの事は好いていたよ。しかしな、あの女がどうしても忘れられなんだ。いつか、ふと。戻って来やしないかと、こうしてここで待っている。その時が来たら、またこの飾りを贈りたくてな」
祖父は、いつもの愛しそうな目で池を見た。
深く深く。
優しい感情溢れる目。
その目は、嘘などで濁ってはいない。
そう感じたから、僕は信じるよ、と言った。
祖父はそうかそうかと嬉しそうに言い、僕の頭を掴んでわしわしと撫で回した。
それから一年が経ち、祖父は風邪を拗らせて肺炎となり、あっけなく亡くなった。今になって考えると、祖父は自らの命の尽きるのを悟っていたのかもしれない。だから、僕に話したのだろうか。
横たわる祖父の亡骸。その懐から飾りを見つけ、こんなものを隠していた、これは高く売れると父は言った。
何か考える前に、僕は父を殴った。
飾りを奪って自分の懐に入れ、父の罵声と母の怒声を浴びた。葬儀中にも大層罵られたが、それでも返さなかった。
葬儀が全て済み、父は邪魔は無くなったとばかりに池を埋めようとした。が、今度は僕の座り込みに遭った。
あれは狂人だ。
いつしか、僕もそう呼ばわれるようになった。
構わない、と思う。
好きだった祖父の、初恋のひと。祖父を生かし、希望を与え、去ったひと。そのひと無くしては、僕は存在しなかった。
僕は、そのひとが一目見てみたい。そして飾りを返し、告げなくてはなるまい。
あなたが生かした人は、狂人と呼ばれながら。
何十年も、ひたすら待っていましたよ、と。
最初のコメントを投稿しよう!