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 これがその飾りだ、と、祖父は懐から飾りを出した。陽の光に照らされて、珊瑚が煌めく。二十年も祖父と一緒に生きてきて、僕はその時初めてそれを見た。 「信じるか」  祖父は、からかうように僕に問うた。確かに、にわかには信じがたい話である。素直にそう告げると、祖父は笑って言った。 「信じなくてもいい。誰も信じるまいと思ったから、婆さんにも言わなかった。まぁ他の女の話なんぞ、出来るわけ無いがな」  祖父は頭を掻いた。 「婆さんの事は好いていたよ。しかしな、あの女がどうしても忘れられなんだ。いつか、ふと。戻って来やしないかと、こうしてここで待っている。その時が来たら、またこの飾りを贈りたくてな」  祖父は、いつもの愛しそうな目で池を見た。  深く深く。  優しい感情溢れる目。  その目は、嘘などで濁ってはいない。  そう感じたから、僕は信じるよ、と言った。  祖父はそうかそうかと嬉しそうに言い、僕の頭を掴んでわしわしと撫で回した。  それから一年が経ち、祖父は風邪を拗らせて肺炎となり、あっけなく亡くなった。今になって考えると、祖父は自らの命の尽きるのを悟っていたのかもしれない。だから、僕に話したのだろうか。  横たわる祖父の亡骸。その懐から飾りを見つけ、こんなものを隠していた、これは高く売れると父は言った。  何か考える前に、僕は父を殴った。  飾りを奪って自分の懐に入れ、父の罵声と母の怒声を浴びた。葬儀中にも大層罵られたが、それでも返さなかった。  葬儀が全て済み、父は邪魔は無くなったとばかりに池を埋めようとした。が、今度は僕の座り込みに遭った。  あれは狂人だ。  いつしか、僕もそう呼ばわれるようになった。  構わない、と思う。  好きだった祖父の、初恋のひと。祖父を生かし、希望を与え、去ったひと。そのひと無くしては、僕は存在しなかった。  僕は、そのひとが一目見てみたい。そして飾りを返し、告げなくてはなるまい。  あなたが生かした人は、狂人と呼ばれながら。  何十年も、ひたすら待っていましたよ、と。
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