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 僕の祖父は、狂人であった。  僕の周りで祖父を知る人間は皆、口を揃えて「あれは狂人だ」と言う。  人は、他人の認識によって存在を得る。自分で至極まともと思っていても、他人から狂人と言われれば狂人として存在せざるを得ない。だから、祖父は狂人として生きていた。  周りには到底価値の解らない物をかたくなに守り続けていたのが、祖父を狂人たらしめる所以であった。家の裏に広がる池である。藪蚊が出ると母は嫌い、父は埋め立てて離れを作ろうとしていた。しかし、祖父はそれを許さなかった。いつも池の一望できる縁側に居て、日がな一日愛しそうに池を眺めていた。  父が勝手に業者を雇って埋め立てようとしたのは、十年以上前である。その際祖父は、泥に塗れて池に座り込み、業者と父に人非人めと怒鳴りちらした。三日間もその状態が続き、父母もさすがに諦めた。呆れ果てた、と言う方が正しいかもしれない。元からさして仲の良くなかった父母と祖父は、この件をもって完全に決裂した。
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