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 祖父はこの件の前にも後にも、何故そうまでして池を守るのかを誰にも話さなかった。僕が物心つかぬうちに亡くなった祖母も、何も知らなかったそうである。  祖父は僕には優しく、家族の中で僕だけとはよく言葉を交わしたが、その僕にすら何も言わなかった。一度だけこちらから聞いてみたが、お前に言ってもわかるまいとはぐらかされた。僕もその時、それ以上は聞かなかった。ただ、池を眺める祖父の、皺の奥のどんぐり眼は妙に好きだった。縁側にいつもあった丸まった背中も、親に叱られて泣き付いた時、黙って頭を撫でてくれた硬い手も好きだった。しゃがれた声で慰められる時、僕の鼻には祖父の煙草と、池の水の匂いが充満していた。何気ない世間話をする時も、母に頼まれて夕餉に呼びに行く時も、いつもその匂いがした。いつしか僕の中で、祖父と池は対になっていた。祖父に感じるのと同じ位の愛着が、池にも沸き始めた。相変わらず池について語らぬ祖父の横で、無理には理由を問わないが、いつか僕にだけ話してくれやしないか、と常に思っていた。
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