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 そしてその「いつか」は、僕が思うより随分早くに訪れた。僕の成人祝いである。この時ばかりは祖父も自ら居間へ来て、大いに飲んだ。飲み始めてすぐに茹でた蛸のようになり、そのくせ初めて酒を飲んで顔をしかめた僕をからかって笑った。しかし、しばらくすると、一升瓶を抱えていつもの縁側へ戻って行った。僕はといえば、成人とは何たるものかを延々と語る父に辟易し、話の途中で逃げるようにして、やはり縁側へ行った。祖父は瓶から焼酎を飲み、僕を見てはにやついた。僕が幼い時の失敗や悪戯をずらりと並べ、あのちびがこんなになったか、と何度も頷いた。恥ずかしくはあったが、嫌ではなかった。祖父があんなに喋る事は、滅多に無かった。  祖父はしばし喋くった後、煙草に火をつけた。三度吸ってから僕にも勧めたので、吸いさしを口に含んだが、吸った途端に激しく噎せた。口の中が酷く苦くなり、昔から馴染んでいた煙草の匂いが濃密に鼻に抜け、水の匂いに混ざる。それでふと思い立ち、祖父に二度目の問いをかけた。  どうせ、またはぐらかされる。そう構えていた僕の思惑は外れた。  祖父は僕が返した煙草を口の端に咥え、どんぐり眼で池を見た。すうと大きく息を吸い、もうと煙を吐きながら、本当に唐突に語り出したのである。
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