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ふと目を開けると、真っ白だった。
はて、ここは地獄か天国か。どちらにしても彼岸であろう。
父は、母は。
薄絹がかかったようにふわりと霞む意識で、祖父はそんな事を考えたという。しかし、身体はぐたりと力を無くし、腕も重くて上がらない。ただ、あの母に抱かれているような心地好さは続いている。
どうしたものか。
その時である。
もし。
上から声が降ってきた。
声に意識を引かれ、祖父はひどくゆっくりと、まずは指先を動かした。どうにか動いたが、指先には柔らかいものがある。これは何か、と、重い頭を少しだけ、声の方へ向けた。
ああ。
天女だ。
そこにあった顔を見て、祖父はそう思った。真っ白な面に黒い濡れ髪が一筋。紅い唇。それが、もし、もしと何度も呟いた。
ぼんやり声を聞くうち、だんだん祖父は正気に返った。
服が肌に張り付いている。冷たい。冷たい筈が、顔は妙に温かい。指先に意識を向ける。
やはり柔らかい。
これは、皮膚か。
何処の。
――脚、だ。
祖父の手は、艶々と張った太股を捕らえていた。すると、顔に当たる温かいものは。
うわあと声をあげ、祖父はバネの如く跳ね上がった。
顔に当たっていたのは、乳房であった。抱かれているような、ではなく、本当に抱かれていたのである。
祖父と同時に、祖父を抱いていた女も小さく悲鳴を漏らした。すっかり正気になった祖父とその女は、しばし互いに見詰めあった。
鈴虫だけが鳴いている。
「すみません」
急に女が謝った。祖父は婦人の乳房に顔を埋めた自分こそ謝るべきと思ったが、うまく言葉が出なかった。あわあわと鯉の様に口を開閉する祖父を尻目に、女は言葉を続ける。
「溺れていらっしゃったようなので、つい助けてしまったのですが、驚かせてしまったようで」
それで祖父は、入水した事を思い出した。辺りは見慣れた草むらで、池にはやはり月がある。試しに頬を抓って、生きていると確認した。
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