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改めて女を見る。月光を弾く程に白い肌で、それはそれは美しかったという。しかし見た事は無い。
「あ、あんたは」
祖父がやっとそれだけ言うと、女は少し悲しげに笑った。
「水に棲む者です」
「水に、棲む」
「そうとしか言い様が御座いませんわ」
「ずっと、ここに」
女は細い首を横に振り、今日は気紛れでここに居たと言った。
「そうしたら、あなたが水の中に。これはうっかり落ちたかと思って、陸に上げても動かないから、死んでしまったかと思いました。良かったわ、生きていて」
生きていて。
その言葉に、祖父はなんだか恥ずかしくなった。死のうと思って入水したのである。
お顔が赤いですよと女に言われ、まだ軽く酔っていた事もあり、祖父は全て話した。女は真摯に頷きながら、全て聞いた。そして
「死んでは駄目です」
と、言った。
「月並みな事ですが、死にたくなくても、死んでしまう人は沢山あります。あなたはまだ生きている。死ぬ時は、否応無く死ぬものです。生きているうちは死ぬ事も選べましょうが、死ねば生きる事を選べません。急に決めてしまう事は無い」
生きているうちは、とりあえずでも生きている事を選んでおけば良くはありませんか。
そう女は結び、立ち上がった。
「私も死に損ねたくちです」
その言葉を祖父が聞き返す暇も無く、女は池へと飛び込んだ。慌てた祖父が水面を覗くと、女は水に溶けた様に姿を消した。
後にはただ、月が佇むのみであった。
祖父はすっかり死ぬ気が失せて、家に入り、夢現のまま寝た。
次の日、祖父は再び池へ行った。もしや夢ではなかったか、と、確かめる為である。
果たして、昨日女と自分が居た辺りだけ草が倒れている。すると現か。いや、これだけでは。
一人でぐるぐる考えていると、ざぶりと水音がした。
池の中心に、頭が突出ている。
昨日の女である。
立ちすくむ祖父の元まで女は来て、陸に上がった。
「心配で、とどまっていました。……また、死のうとしていますか」
泣きそうな声を否定すると、女はふわりと笑った。
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