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『紅』
少女は両手一杯の彼岸花を抱えて、ひとつの墓の前に立っていた。
それは少女の恋人の墓。
綺麗に掃除され、落ちた葉ひとつさえその上に身を横たえることをためらうであろうその墓に、彼岸花をばらまく。彼岸花は惜しげもなく、その紅色の花を揺らして、はらはらと舞った。
「花は葉を想い、葉は花を想う」
少女は一人、呟いた。
それは少女が昔、彼岸花が好きだった恋人に尋ねたときに貰った答え。
恋人はそして、僕たちみたいだねと笑ったのだ。
「彼岸花は花と葉が同時には咲かないから、“花は葉を想い、葉は花を想う”なんでしょう?」
声を震わせ少女は言った。
「会えないのに想うことがどれ程辛いか、貴方にわかる?」
決して返って来ない返事、しかしそれを待つかのように少女は沈黙を作った。
ヒグラシが鳴く。
逢魔が時。
黄昏が少女を背中から照らした。
長く伸びた少女の影は紅に染まり、彼岸花の紅と重なりあう。
「さよなら」
微笑む。
そうして少女は墓に背をむけ歩き出した。
ゆっくりと、あわさった紅どうしが離れ行く。
来た道を戻る少女の手に、もう彼岸花はない。
彼岸花の花言葉は“悲しい思い出”。
少女は決して振り返らないだろう。そしてここに足を運ぶこともない。
何故ならもう少女にとっては思い出なのだから。
少女の心に咲く、一輪の一際紅い花でしかないのだから。
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