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「葵、片付けはお願いしておきます」
バーテンダーの笑顔の中にほんの少しだけ困った表情が浮かび、小さな溜め息の後ウェイトレスに語りかけた。
まったく、溜め息をつきたいのはこっちだというのに。
ウェイトレス──葵という名前らしい──は、何か文句があるらしく頬を膨らませた。
きっと、童顔の彼女だからこそ似合う表情なのだろうな。もし私がやったら、それはそれは気持ち悪くてたまらないと思う。
「面倒な仕事は全部あたしですか?」
「……お願いします」
そう言うと彼は彼女の正面に向かうように立ち、目線の高さを合わせるため少し屈むと両肩に手を置いた。
「いい子、ですから」
──ずるいと思った。
きっと女性百人を対象にモニターアンケートを取ったら、少なくとも九十八人はずるいって答えるに違いない。
ほら、事実ウェイトレスさんが頬をみるみる紅潮させている。
「や、やーだもうっ、店長ったら! 仕方ないですね、あたしがいないと何もできないんですから……」
私が思うのもなんだけど、勘違い甚だしいことこの上ない。
わざわざ彼女の機嫌を損ねるのもなんだか申し訳ないので、突っ込まないでおくけれど。
「じゃあ、あたしは清掃活動といきます。真希さん、ゆっくりしてってくださいね」
彼女の顔は太陽の光を浴びた朝露のように輝いていた。
──え?
「どうして、私の名前……」
「ちゃんと、迷わずここに辿り着けたみたいですね」
私の問いかけには答えず、やっぱりバーテンダーは微笑んでいるだけだった。
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