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……ちょっと待って。
いきなり迷ったのだから、本来ならばもっと焦る場面ではないだろうか。どうして私はこんなにも冷静に──脳内でだけど──解説をしているのだろう。
そうだ。目の前にいるちょっと素敵なお兄さんにうつつを抜かしている暇はない。
そこまで分かっているのに、私は自分でも驚くほど落ち着いていた。何故だろう、とても心が穏やかなのだ。
それは今まで感じたことのない不思議な気分だった。
顔を上げると、バーテンダーさん(仮)はちょうどグラスを磨き終え、カウンターの上に無造作に置いてあるたくさんのお酒のボトルの整理を始めたところだった。
私の視線に気付いた彼は、私の様子を伺うように首を傾げた後、静かにまた目を細めた。
……月下美人の割に眩しいな、この人。
「──貴方は招待状をお持ちですね」
……ちくしょう、声もなんだか癖になるようないい感じの……じゃなくて、え? 招待状?
この人は涼しげに何を言い出すのだろう。なんのことだかさっぱり分からない。
今度は私が首を傾げる番だった。
月下美人(仮名)は一度クスッと笑ったあと黒縁の眼鏡を上げ、意味深に胸ポケットを指差した。
ここが、何?
胸ポケットを見ると、生徒手帳の間に見慣れないカードが挟まっていた。
彼はその存在を確かめると、安心したかのように口元を緩めて言う。
「お待ちしておりました。招待状をお持ちのお客様には最高のおもてなしをいたします」
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