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‐数年後‐
「あの頃の僕は空に恋をしていたんだ」
あの時のように光を映す瞳で、澄んだ空を仰ぐ僕の隣りには一人の女性が寄り添う。
「初恋が空かぁ…」
彼女は空を見上げ、溜め息混じりに呟いた。
「ねぇ…嫉妬してる?」
「うん、ちょっと。だってその相手が今目の前にいるんだもの」
「…でもさ、僕は一度死んでるから」
「え?」
「光を失って僕は本当に失望したんだ。記憶の中に空があるから、なんてのは所詮綺麗事に過ぎなかった。結局、僕には何もなかったんだ、って」
「それで…移植で生まれ変わったって事?」
「あぁ。再び光を与えられて僕は変わった。そして君に出会って…僕は独りじゃなかったって確信した」
僕は目を丸くした彼女に向って微笑む。
「偶然にも初恋の人と同じ名前だしね」
「同じ…ではないわよ。あたしは"美空(ミソラ)"。美しいって字がつくんだから」
「外見は美しいとはつけがたいけどな」
「もうっ!」
「~っ!」
僕の爪先がヒールによって思いきり押し潰され、あまりの痛みに言葉にならない。
「ちょ…おまっ…!痛い!めっちゃ痛い」
「伊達に長年ヒール履いてないのよ」
「…何その台詞?いや、それより真面目に痛いんですけど」
「乙女の心も同じくらい傷ついたんですけどぉ?」
あからさまな棒読み。
「思ってもないことを…」
「何?」
彼女は眉間に皺を寄せ、僕を睨みつける。
「いいえ、なんでもありません」
「ねぇ、凌。目、瞑って?」
不意に彼女が言い出したことに僕の心臓が一瞬締め付けられる。
「嫌だよ…。僕が暗いの怖がってること知ってるだろ?」
「知ってるわ。失明したからでしょ?」
「じゃあなんでっ…」
「いいから!」
結局彼女に押し切られ、恐る恐る瞼を下ろす
「…ねぇ、凌。感じるでしょ?」
そう言うと彼女は僕の両手を優しく握る。
「見えなくても大丈夫だよ。あたしはここにいる。もう、独りじゃないよ?ね?」
僕の瞳から涙が溢れる。そして年甲斐もなく、声をあげて泣きじゃくった。
美空の優しさが、温もりが嬉しかった。
光があることが嬉しかった。
心に巻き付いた鎖がゆっくりと外されたような、そんな気がした。
僕はもう独りじゃない。
いつだって空と共に生きている。
いつだって君と共に生きている。
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