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そよ風よ、どうか
どうか吹いておくれ
愛しいものの周りに
幸せなそよ風
軽やかなそよ風よ
どうか吹いておくれ
愛しいものの周りに
幸せをもたらす
春の優しいそよ風よ
美しい調べ。
それがもたらした奇跡を、ラウラは見た。
どこからともなく、ふわりと風が吹いた。
その風はチリエの枝を揺らし、そして。
「ああ……」
まるで砂が吹かれ飛んでゆくように。
花の赤い色だけがさらさらと崩れていく。
花を離れた紅は、風に溶けて。
それは、春風へと姿を変えた。
ほんのわずかな間の出来事だった。
花は白くその姿を変え、春風に吹かれ、揺れていた。
神の歌が余韻を残して、いつまでも心の中に響いている。
ラウラは静かに涙を流し、瞳を閉じた。
もう恐怖心など、どこにもなかった。
そこにあるのは、心を限りなく揺らす、何か。
プリマの声が、聞こえた。
「ラウラ、私は春をもたらす者。冬の間、チリエと共に春を守り続ける者。どうか、この木を守ってください。これからも、ずっと」
その言葉に、ラウラは何度も頷いた。
ソールも言った。
「この木を守り続ける限り、あなたに毎年春はやって来るでしょう。あなたがずっと、春の守り人となってくださいますように」
その言葉を聞いたとき。
強く暖かい、春風が吹いた。
思わずうつ向き、そっと目を開いたときには。
もう二人の神の姿は、どこにもなかった。
あるのは白い花を優雅に広げるチリエだけ。
「……約束します」
ラウラの微笑みと呟きが、春風に溶け、消えていった。
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