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それは今から少しだけ昔。
ある村の外れに、不思議な木がありました。
それは、他のどの木とも違っていました。
草木が土に還る冬、その木だけは美しい真っ赤な花を咲かせました。
そして冬の間、枯れることも散ることもなく咲き続け、春になるとその花は白く色を変えるのです。
それも、一瞬のうちに。
花が白へと変わるとき、村には春風が吹き始めます。
その花は五枚の花びらをもつ、小さな花です。
一本の木に、何十万と咲くのです。
花が散るまでこの木は葉を付けませんでしたから、それはそれは美しいものでした。
誰も、花の色が変わるところを見たことはありません。
大昔から誰も、見たことがないのです。
色が変わる様を見ようと、花を見張ろうとした者もおりました。
しかし、何かに気をとられた隙に、強い風に目を瞑っていた隙に、瞬きをしてしまった隙に、一瞬で花は色を変えてしまうのです。
そんな、神秘的な木であったからでしょうか。
この木には不思議な言い伝えがありました。
『花の秘密を知った者は、春の約束を手に入れる』
この名もない木を、村人はこう呼びました。
「チリエ」と。
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