2059人が本棚に入れています
本棚に追加
藤堂は彼の話を最後まで聞かなかった。かなり焦った様子で人垣の中を縫うように進む。
可愛い女の子とは千津のことだろう。性格はともかく、見た目だけはいいのを忘れていた。
(やばいっ、彼女に何かあるとアイツに殺されてしまう…っ)
そう必死にの群れを抜けた藤堂は、次に目に飛び込んできた光景を前に、戻ってきたこと激しく後悔した。
「はいじゅ~に、じゅ~さん、じゅ~し……」
「うぐぐ……」
「まだあと八十と六回ですよ。ほら、頑張らないとサックリいきますよ?研いだばっかりで切れ味も抜群ですからね」
「ワン!」
そこには、可愛らしい声で数を数えながら手拍子する千津に、刃を上にして固定された刀の上で腕立て伏せをする男。更にはその男の上に腰掛ける華乃に、同じくその背に跨がるヘースケといった、ある種の拷問のような光景が広がっていた。
いくら男に非があるからといってもあまりに酷い。あまりにえげつない。しかも誰かが通報したのか、とうとうお奉行が駆けつけてくる始末だ。
(うん)
自分は何も見なかった。
そう即断した藤堂は、静かにその場を離れようとした。
しかし…
「あ、藤堂さ~~ん!」
呼ぶな――――――――!!
華乃の呼び掛けに意地でも返事をしないでいると、ガシッとお奉行から肩を掴まれた。
「君、あの娘の知り合いかね?」
「断じて違います…!」
「藤堂さ~ん!なんで無視するんですか~?」
「………ああ言ってるが?」
「俺の名前は山田太郎です」
いけしゃあしゃあと偽名を名乗る藤堂。新撰組の隊服を着ていなかったのがせめてもの救いだった。
だが、相手はあの華乃である。
「そこの幸薄そうな顔した新撰組八番隊組長の藤堂平助さ~ん」
「アンタそれわざと言ってるだろ!!」
やはり千津を一人にしたことを怒っているのだろう。
華乃の思惑にまんまと乗せられた藤堂は、ハッと口元を両手で押さえた。しまった!
「ほ~う……あの新撰組のねぇ……」
「あ、や、その……」
「詳しい話は向こうで聞こうか」
「うそ―――――!!」
涙目の藤堂を遠慮なく連行していくお奉行。
そんな彼らを、周りの人たちは同情の眼差しで見送った。
そしてその日の夜、ようやく解放された彼を、鬼のような形相をした土方が待ち受けていたのは、また別のお話である。
藤堂②【完】
最初のコメントを投稿しよう!