永倉①【道場破り】

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「驚いたか?」 永倉は苦笑しながら華乃に尋ねる。 (まぁ…驚くなって方が無理だろうな…) 過去といっても、そんなに昔の話じゃない。どちらかといえば、壬生浪士組として上京する前の出来事だ。 あの頃は、ただ強くなりたい一心で藩も抜け、がむしゃらに剣を振るっていた。 その為か、性格も今よりずっと荒んでいたし、左之の言う通りだという自覚もある。 道場破りだって、今は恥ずかしい過去の一つだ。 永倉は自嘲しながら華乃の返事を待つ。 すると彼女は、思いがけないことを口にした。 「確かに驚きましたが……嬉しいです…」 そう微笑んだ彼女に、次は永倉が面食う番だった。 「は?」 「私も昔、武者修行を兼ねて全国を流れていたんですよ。一緒だったなんて嬉しいです」 そう、高杉が上海に渡っている頃、華乃は剣を極める為に京都を離れていた。 「い、一緒って…お前も道場破りをしてたのか?」 「アハハ、まさか。私はどうも竹刀やら木刀が苦手で、道場相手に喧嘩を売るような真似はしませんでしたよ」 「はあ?じゃあ武者修行って…」 いったい何なんだ。 そう尋ねてきた永倉に、華乃は当時を思い出してクスクス笑う。 「私の場合はですねぇ、行く先々の賞金首を血祭りにあげてたんです」 思わず絶句する永倉。それに気付いていないのか、華乃はうっとりと言葉を続ける。 「剣の修行にもなって、ついでにお小遣いも稼げる。まさに一石二鳥でしたね。ああ、懐かしい…」 その彼女の様子は、まるで楽しい思い出を語るよう。だが、実際は生々しい情景だ。決して微笑ましいものではない。 永倉は頭痛のし始めた頭を抱えた。 (血祭り…) それを聞くと、道場破りなんていう己の過去が、まだマシな気がしてくる。 「あ!そういえば私、江戸にも足を運んだ時期があったんですよ。もしかしたら、どこかで会っていたかもしれませんね」 「……もし会ってたら忘れてねーよ」 こんな強烈な女。 だが、本当に会っていたら? (俺の人生も変わってたかもなぁ…) 永倉は緩みそうになる口元を、ギリギリ理性で引き結んだ。 そうして話を終えると、彼らは再び食事を続けたのだった。 時は遡る…  
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