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そうして暫く歩いていると、急にヘースケが駆け出した。見ると、ヘースケの向かう先には一軒の鍛冶屋。
(ああ、あそこか)
内心ホッとしたのも束の間、その時、どこからかともなく喧騒が聞こえてきた。
喧嘩だろうか。もし相手が武士なら周りの市民が危ない。
(あーもう!だから俺は非番だってのに…!)
藤堂は腹をくくると千津へと振り返った。
「小倉さんはあそこだよ。もう一人で大丈夫だよね?俺、ちょっと用事が出来たから行くね」
彼はそれだけ言うと、「え?」と戸惑う千津を残して颯爽と駆けていった。
「なんやったの…?」
一方、千津は呆然と立ち尽くしていた。ただの一般人である彼女の耳は、先程の喧騒を聞き取れなかったらしい。
暫く首を傾げていた千津だが、まぁいいやと踵を返す。華乃の居場所も分かったことだし、いつまでも突っ立ってる場合じゃなかった。
しかし、いきなり現れた男にサッと行く手を阻まれる。
「………誰や」
ニヤニヤいやらしく笑う男を、千津はキッと睨み付けて言う。
「見てたんだよ。あんた男に置いてかれたんだろ?可哀想に。俺が慰めてやろーか?」
「結構や」
「そう言わずにさぁ……」
懲りずに言い寄ってくる男に、千津はグッと拳を握った。元々気の強い彼女の頭には、誰か助けを呼ぶという選択肢はないようだ。
「嫌やてゆうて……」
今まさに彼女が鉄拳をお見舞いしようとした…その時、
「ぐえっ」
まるで蛙が潰れたような声と共に男が吹っ飛んだ。
「……ヘースケが来たから何事かと思えば」
ハッと顔を上げる千津。するとそこには、彼女の敬愛する華乃が佇んでいた。
「貴方、運が良かったですね。お千津さんの目がなかったら、試し切りの材料になって貰っていたところですよ」
華乃は倒れている男の元へ近づくと、その襟首を掴みグッと引き上げた。
そして、男にとって死刑宣告にも等しい台詞を吐く。
「まぁだからと言って、この程度で済ます気もさらさらないんですけどね」
武士同士の些細なことから始まった喧嘩は、藤堂の乱入で事なきを得た。
それから彼が急いで元いた場所へ戻ると、なぜかそこには人垣が出来ていた。
「何かあったんですか?」
不思議に思って側にいた男性に訊ねると、その人は顔を青ざめながら答えた。
「可愛い女の子が悪漢に絡まれたらしいんだよ。それで……」
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