🌸🍒短編小説集🍒🌸

Ｏｖｅｒ

ところ変わって、大勢の人が行き交う街中。一人の男がベンチに座り深くため息をつく。
「くそっ！こっちから願い下げだ！」
大声で叫ぶが誰一人として振り返らない。
「浮気したくらいで‘もう信じられない’だぁ！？純情ぶってんじゃねぇ！浮気くらいで！」
どうやらフラれたらしい。
「チッ！とっとと次でも探すか」
ブラウンの髪を掻き揚げ男が立ち上がろうとした時、人の気配に顔を上げる。真っ黒なストレートの髪が肩にかかるか掛からないか。切れ長の瞳。どこか日本人形を思わせる容姿を男はしばし眺めていたが、うざそうな目で睨むと立ち上がり少女の横を通る。
「貴方死んでますよ」
少女の言葉に男は思わず立ち止まる。
「は？何言ってんだ」
「老人ならいざ知らず、若い人には珍しいですね。記憶の混乱」
「今機嫌悪ぃんだ。もう少し大きくなったら相手してやるよ」
「椎名啓、23歳。職業はホスト」
男は驚いて足を止める。
「覚えてないんですか？貴方とっくの昔に亡くなってるんですよ」
「面白くねぇし笑えねぇ、消えろ」
「いつまで過去の記憶に縛られるおつもりですか？」
男は苛立ち麻耶の胸座を掴みあげる。
「俺のどこが死んでんだ？触れんじゃねぇか。幽霊は肉体が無いんじゃないですか？」
「なかなか頭がよろしいみたいですね。でも馬鹿だわ」
「殴られねぇとわからねぇんか！？」
「ねぇねぇ面白いですね。どうぞ殴ってください。私は貴方と同じ空間にいるので話が出来るし触れるんです」
麻耶の物怖じしない態度に男は手を離す。
「消えろ、邪魔だ」
「消えるのは貴方です。成仏しなくては」

麻弥の言葉に男は歯をムキ出して何か言いたそうな顔をするが、麻弥自身はおかまいなしに男に歩き寄る。
「お歳を召した方の場合、記憶の混乱が生じる可能性があるので、強制的に消せるのですが…若い方の場合記憶をきちんと戻して差し上げなくてはいけない…らしいです」
「らしいって何だ」
「面倒です…」
あたかも迷惑そうに言う麻弥に男はため息を吐きいらつき頭を掻きむしる。