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「南里、最近遅いよね」
それは、姉の何気ない一言から始まった。
「うん、就職決まって辞めた子がいるから、人足りなくて。最後まで残ってること多いんだ」
「ふーん、そういえばね、久志くんがこの間、南里を見かけたって。遅い時間に女の子一人だから、心配してたよ」
思いがけず結井さんの名前が出てきて、内心焦った。
毎日聞かされていた惚気も落ち着いた頃だったから、尚更。
姉に、小さな嘘をついた。
就職が決まって辞めた子がいるのは事実だけど、人が足りないわけじゃない。
何人かバイトは入ってきたし、その時間内に仕事も教えて定時にあがっている。
まっすぐに帰れば十時半には家につくのに、時間を潰してまで帰りを遅くしているのは、振り払えない罪悪感が胸に居座っているから。
日付が変わる直前ともなれば、姉は寝ているし、朝は朝で準備する慌ただしさでそれほど会話もないから。
二人だけの秘密、と言って結井さんと過ごした時間が、脳裏を過ぎって消えた。
定時にあがっているとはいえ、連日出勤で十日ぶりに貰った休みが日曜日で、不意をつかれてしまった。
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