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赤信号で減速した車が止まる。
私の方を向いて結井さんは言ったけど、私は目を向けることができなかった。
ドキドキしながら、平静を装った。
ダメだってわかっているのに、頭で考えるより、心はずっと素直だった。
「そんなこと言ったら、私まで我が儘になっちゃうよ」
どこまで言っていいのか境界線までの距離を測りながら、ぽつりと言ってみた。
「いいよ。南里なら」
その一言は、誤解を招く。
結井さんは、妹として我が儘になっていいよって言ってるから。
捉え違ってしまったら、最後。
散々否定しているのに、期待、してしまう。
初めて会った時と変わらない優しい声。
姉の知らない時間が、また一つ、積み上がる。
私は、いつまでこの気持ちに背を向けていられるだろう。
バイト先から家まで車で四十分。
それが、幸せから苦しいことに変わるのに、それほど時間はかからなかった。
結井さんが迎えに来てくれるようになるのが当たり前になり始めたある日、冬を目前に冷たい雨が静かに降り注いでいた。
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