【3】接近

11/15
前へ
/233ページ
次へ
   頷きもせず目で追うと、小さな古びたアパート横の自動販売機の前で立ち止まった。  雨足が強くなって、肩に水玉模様を作って結井さんは戻ってきた。 「南里、コーヒーとココア、どっちがいい?」 「結井さん、甘いの苦手でしょ?」 「好きな方、選んでいいんだぞ」 「……ココアがいい」 「よし、飲んで落ち着け」  渡された缶は温かかった。  プルトップを開ける音が同時にして、一口、喉に通す。  鈍く、そして重く飲み下した液体は緩やかに胃に広がっていったけど、味まではわからなかった。  私が悩んでいると気づいても、結井さんは、何に悩んでいるのか聞かない。  聞かれても答えられない。  一緒にいることの苦しさと、気遣ってくれる優しさ。  その間で、私はどちらにも転べずにもがいていた。  沈黙の合間に、結井さんは煙草に火を点ける。一瞬、赤い炎が車内を照らして、再び訪れた闇は紫煙でぼやけた。  両手で持った缶は冷え込みはじめたせいか、口をつける頃には人肌と変わりなく、喉元に留まるように落ちていった。
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2179人が本棚に入れています
本棚に追加