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頷きもせず目で追うと、小さな古びたアパート横の自動販売機の前で立ち止まった。
雨足が強くなって、肩に水玉模様を作って結井さんは戻ってきた。
「南里、コーヒーとココア、どっちがいい?」
「結井さん、甘いの苦手でしょ?」
「好きな方、選んでいいんだぞ」
「……ココアがいい」
「よし、飲んで落ち着け」
渡された缶は温かかった。
プルトップを開ける音が同時にして、一口、喉に通す。
鈍く、そして重く飲み下した液体は緩やかに胃に広がっていったけど、味まではわからなかった。
私が悩んでいると気づいても、結井さんは、何に悩んでいるのか聞かない。
聞かれても答えられない。
一緒にいることの苦しさと、気遣ってくれる優しさ。
その間で、私はどちらにも転べずにもがいていた。
沈黙の合間に、結井さんは煙草に火を点ける。一瞬、赤い炎が車内を照らして、再び訪れた闇は紫煙でぼやけた。
両手で持った缶は冷え込みはじめたせいか、口をつける頃には人肌と変わりなく、喉元に留まるように落ちていった。
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