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聖が時計に目をやると確かにもうそろそろ莉音を学校へ行かせる時間である。
「‥わかりました、この話はまたご帰宅されてからにしましょう」
莉音の反応に少し切なくなったのだが、それを抑えて聖は微笑んだ。莉音は苦笑いして返すとその場を去っていった。
(──はぁ…どうしよう‥)
莉音は小さなため息を漏らした。学校に着いてから、小学校からの友達の小春と昨夜やっていたテレビの話をしてホームルームまでは楽しく過ごしていた。だが、そのホームルームが莉音を悩ます種を蒔いたのだった。
『明後日から部活見学あるからなー‥部活はやっておいた方がいいぞー?』
この言葉は莉音には悪魔の囁きに聞こえた。莉音は部活に入るつもり等さらさらない。音楽は確かに好きだが、母といるみたいで胸が苦しくなる。そんな思いをするなら音楽に携わる部活には入りたくない。運動だって通常の人の平均とほぼ互角だし、いっそ帰宅部にしようと思っていたのだ。なのに“仮入部希望調査表”が配られた。あの担任はもしかすると全員部活に入れと言っているのかもしれない。
「どうしたらいいかなぁ…」
「何が?」
「部活…」
「やらなきゃいいじゃん、いちおー校則は部活は自由って言ってるんだし?」
1時限目の始まる前の放課となり、莉音は小春に相談してみた。
「でも‥先生はやって欲しいみたい…だし‥」
「だったら入れば?」
「どこに…?」
「それ自分で決めなきゃ話になんないでしょ‥」
ふと莉音はぼんやり教壇の方を見た。スポーツバックを持ち意気揚々とした一至がそこにいた。一至の席が丁度教壇の真ん前の列であり、窓際の席である莉音の視界にいつも一至が入るのだった。
(高梨くん‥楽しそう…)
莉音は眩しそうに一至に目をやった。入学式の日の彼は頼れるしっかりした人だと莉音は思っていたのだが、実際同じクラスで過ごしているとその印象は一時的なモノだと気付いた。彼はちゃんと年相応の男の子だった。人懐っこいからなのか、もう友達を作って毎日囲まれて楽しそうにはしゃいでいる。恐らく一至は“人気者”と呼ばれる存在なのだろう。
「アンタ高梨みたいなのがタイプなの?」
「へっ…?」
唐突に問いかけられ莉音は振り返った。意地悪くニヤニヤしていた小春がそこにおり、嫌な予感がした。
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