“彼女”という人。

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「ふー…やっと行ったか」 残された小春はぽつりと呟いた。一至が出ていった数秒後にようやく1時限目の先生が来て普通に授業は始まった。 (このままの莉音じゃダメ…だから莉音を救うのはアンタにしか頼めないのよ、高梨──) シャープペンシルをくるくると回して授業に集中しようとしつつ小春は心の中で思った。 「どこにいるんだよ、一体…」 一至は屋上へ続く階段にいた。教室を出てから闇雲に走って莉音を探していたものの、なかなか見つからない。探しているモノが見つからないとこうも不安が大きくなるものだろうか。 (今頃…何言われてんだろうな‥) 「だからぁ葉山さんにしか出来ないんだってば」 一至が考えていた時にふと上から声が聞こえた。“葉山”という単語にもしかして、と思った一至は耳を傾けた。 「葉山彩音の娘なら出来るでしょう?それとも何?他の部活に入るって決めたの?それなら仕方ないとは思うけど…でもまだ仮入部期間だし、第2希望位まであるでしょ?」 「い、いえ‥部活はやろうとは…」 「ナニソレ、あなた才能あるんだったら生かさなきゃ勿体無いわよ?合唱部だったら出来るでしょ、そんな綺麗な声してるんだもん」 「何言ってんのよ、葉山啓一郎監督の娘よ?演劇部で是非とも演出やってもらわなくちゃ!ウチは今年こそ全国行くんだからっ」 「ちょっと弦楽部だってそれは一緒よっ!葉山彩音の娘ならきっと凄い教育されてたに決まってるじゃない!ね、葉山さん?」 「だ、だから…私‥部活は…やらないって‥」 「せっかくの才能無駄にするつもり!?あなた両親があんなに世間に貢献してるのに自分は何にもやらないの?」 耳の痛い話ばかりだ。一至はギュッと唇を噛み締めた。今、莉音を取り囲んでいるのは合唱部、演劇部、弦楽部の先輩だろう。でも彼女達が欲しがっているのは“葉山莉音”という人物じゃなくて“葉山彩音の娘”“葉山啓一郎の娘”というバックボーンが欲しいのだ。本当に莉音を思っているのならこんな強気な勧誘はしないだろう。どうやったら難なく救出出来るのだろう、と一至は考え始めた。早くしないとあの先輩達に何をされるか解らない。 (考えろ、考えろ俺…っ‥!) 任される以前になんとか助けたいとは思っていたが、まさか本当に自分が助けに行くとは思っていなかった。
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