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うつ向いて肩を震わせて座り込んでいる莉音を見て一至は思った。何だかいたたまれない気持ちになった一至はこっちから会話のボールを投げる事にした。
「そろそろ入学式始まるんじゃないか?」
「──そうだね…」
「あの人、帰らせていいのか?」
「聖さんは‥雇われて私の傍にいるだけだから」
「ふーん…?」
暫く沈黙が流れた。やがて莉音は顔を上げて立ち上がった。
「──葉山彩音(はやまあやね)って知ってる…?」
「‥わかんねぇ」
「じゃあ…葉山啓一郎(はやまけいいちろう)は?」
「あ!それは知ってるぜ?確かサスペンスからコメディな映画まで数々を手掛けた映画監督だろ?」
「うん。──その人‥私のお父さん、なの」
「へぇー‥?」
「お母さんは‥旧姓でいうなら七瀬彩音(ななせあやね)っていって…今は葉山姓で活動してるバイオリニストなの」
「…何で今俺に言うんだ?」
落ち着いたのか普通通りに振る舞って話す莉音を制するのは気が引けたのだが、一至は問いかけた。
「知って欲しい、って…思ったの‥だから聞いて、欲しい‥な?」
莉音の様子に一至はこくっと小さく頷いた。何でこんなに気になってしまっているのだろうか…会ったのは今日が初めてなのに。今ここで話を聞くのを辞めない方がいい気がしてならなかった。
「小さい頃は二人ともまだ家にいてくれてた…私が幼稚園を卒園するまでは──その頃は…お母さんと合奏したり‥お父さんと映画を見たりするのが凄く…好きだった‥あの頃はまだ家族って揃ってて楽しかったよ?でも…仕事に復帰する日と卒園の日が重なって───二人とも結局仕事を選んで私の所には来てくれなかった」
昔を懐かしむように莉音は流暢に話す。ここで口を挟むのは野暮だと思った一至はそのまま聞く事にした。
「それからかなぁ…両親が家にあんまり帰らなくなったの‥行事とかあっても私…両親に言えなくて‥言っても来てくれない、って小さいながらにわかっちゃって──」
わがままを言えなくなった、って事か‥と一至は思った。
「‥それからずっと1人で過ごして…4年生になった頃かな‥聖さんが来たの」
「あの人意外と短いんだな?…兄貴みたいな感じか?」
「うんっ…お母さんの知り合いの子供さんらしくて‥お母さんの演奏旅行に付き添いでいたんだって」
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