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あの青年にそんな経歴があったとは。聖の話になると莉音の表情は和らいできて、笑顔を見せるようになった。
「その頃から聖さんは唯一の私の家族…どんな行事も欠かさず見に来てくれるんだ‥でも──両親の話題を出すのはキライ。だっていつ帰ってくるのかも…いつ家にいるのかもわかんないような人達なんだもん‥私はもう…期待、してない…」
「なら尚更聖さん帰しちゃダメだろ?」
「──え?」
「両親の代わりにお前の家族として来てくれたんなら帰しちゃダメだ」
「でも私…さっき怒って帰ってって言っちゃったし‥」
「まだ間に合うって…それに──ほら、まだ帰ってないみたいだぜ?」
トントンと窓を差しながら一至は笑った。莉音は窓の方へと寄ってひょこりと覗いてみた。そこには昇降口の傍にある花壇にしょんぼりと座っていた。
「どうして…私‥八つ当たりしちゃったのに…」
「お前を大切に思ってるからだろ?──家族同然だと思ってるからいるんだよ、きっと。ほら、行ってやりなよ?」
「うんっ」
こくんっと頷くと笑顔で莉音は階段をたたっと駆けていった。お節介だったかなぁと内心苦笑しながら一至は教室に向かおうと歩きだした。
「待ってっ…!」
ふと聴こえた声に一至は振り返った。そこには走って戻ってきたのか息を切らして肩で呼吸を繰り返す莉音がいた。
「もう戻って来たのかっ?早いな…」
「私が行ったら‥笑顔で…“体育館にいますね”って言ってくれたの‥」
「わざわざ走って戻って来なくても‥」
「お礼、言ってなかったな…って思って‥」
「は?」
すると莉音は一至の手を取ってにこっと柔らかく微笑んだ。
「話を聞いてくれて…励ましてくれて───どうもありがとう‥」
初めて目が合って捕らわれたような気がした。その時だけ時が止まったかのように一至には思えた。莉音は満足したのか先に教室に行くね?と短く言うとまたねと手を振って教室へと入っていった。
『ガンッ!!』
「何だよ、コレ…」
階段の壁にある防火扉に思いっきり背中をぶつけて一至は呟いた。高鳴る鼓動の速さが異常だ。こんな経験は初めてだった。
「俺…病気、か?」
熱が集まる頬、頭の中では真っ直ぐな目をした莉音がずっと離れない。自分の気持ちにこの時の一至はまったく気付かなかった。
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