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「見送りはここまでだ」
岩の間を縫うようにして落ちていく小さな清流の手前で、正臣(マサオミ)は立ち止まった。
その隣で流れを跨ぎ越そうとしていた常磐(トキワ)が、ぎくりと身体を強張らせる。
正臣を見返した彼の目は、悲愴に満ちていた。
昨夜はおそらく一睡もしていないに違いない。朝靄の中、ただでさえ色白の少年の顔は今にも倒れそうなほど青ざめている。
森を抜けてきた澄んだ風が、その艶やかな漆黒の髪を撫でていった。
「ずっと考えていました」
俯きがちの常磐の声が、力なくかすれる。
「でも、どうしても分からないのです。長(オサ)はなぜ、わたしを乱破(ラッパ)にしたのですか?」
無言のまま、正臣もまた苔むした地を睨んだ。
正臣自身も同じ問いを抱えて苦しんでいることを、果たしてこの少年は理解してくれるだろうか。
実の父親である族長のことを、あえて“長”と呼ぶ常磐の姿が痛々しかった。
常磐の父であり、そして正臣の兄である男は、見送りにすら来ない。跡取りである将来有望な実子を、自らの手で戦場に送り出したというのに。
長の決定には誰も逆らえない。右腕として常に傍らにいる正臣とて、それは例外ではない。
だからといって、こんな理不尽なことを受け入れられよう筈もなかった。
やっと十七歳になったばかりの甥に、一体どんな罪があると言うのだろう。
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