序章

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 乱破になる、即ち里の外で生活するということは、里で生まれ育った者にはまるで馴染みのないことだった。  里の者の多くは一生を里の中で過ごし、“外の世界”に興味関心を抱くことは危険視すらされる。  同時に、乱破は生まれながらにして乱破だ。“外”で育ち、親の背を見て危険な仕事を覚える。生粋の乱破が里に帰ることはほとんどないと言っていい。  ごく稀に里の者が乱破になって“外”に出て行くことがあるが、数年のうちに里では話題にも上らなくなる。  皆、その者が二度と里に帰らないことを知っているからだ。    しかし族長の血族の、しかも次の代の長になろうという若者が乱破になるなど、前代未聞だった。  長は常磐を見捨てたのではないかという噂が、既にまことしやかに流布している。  生きて帰れるかも分からない危険な役割を理由も告げずに命じたのだから、そんな噂が広まるのも無理はなかった。  昔から突拍子もないことを平然とやらかす兄だったが、今回ばかりは洒落にならない。  乱破の制度は、彼ら天馬族がこの地に隠れ住むようになってからの数百年の間に徐々に世襲化したものだ。一族が生き残るために自然に選んだ手段だったのだろうと正臣は考えている。  だが里の者たちと乱破の間にある埋めようのない溝が、今は恨めしかった。
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