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夕暮れの商店街に長い列ができる。
タイムサービスのコロッケ目当ての主婦達にまじり、悦子がいた。悦子はまだ十六。
高校には進学せず、病弱な母親との暮らしの為に、運河の向こうの工場で働く。
小さな身体に似合わずバイタリティーあふれる少女だが、安い賃金での生活は貧困を極めていた。
母親の病状も時がたつにつれ、思わしくなくなってきている。
(あ~ぁ、コロッケよりも、スパゲッティをお腹いっぱい食べたいな…)
些細な希望だ。
しかし、彼女は美貌は貧相な服装でも際立った。
『お嬢さん…
こんなところで並んでる場合じゃないですよ。
女優になりませんか?』
胡散臭い、丸サングラスの男が声をかけて来た。
男は悦子がコロッケを買い終わると、再び肉の包みをもって、あらわれた。
『これも、食って精つけてよ。』
ずしりと重い包みをカゴに入れると男は、名刺を悦子に渡す。
『要りません。困りますから、こんなもの。』
『大丈夫よ。
私の仕事は宝をみつけるところから始まる訳。
ダイヤモンドの原石に投資するのは当たり前なの。
気がむいたら名刺のとこまで電話して。
売れちゃうよ。
彼女なら。』
胡散臭い顔に更に胡散臭げを倍増しながら、男は笑う。
『いりません。』
包みを男に押し返すと、悦子は走った。
右手には、名刺が握られたままだった。
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