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「ごめんよ、ラスター……。僕は君を忘れないからね。……まさか覗き穴を作ってたら、しきりが脆くて倒れるなんてなぁ」
一人岩陰に隠れていたカインは、目の前で泡を吹くラスターに黙祷をしていた。
「さ、今のうちに」
しかしカインは動けなかった。体が重い。
背後から、氷のように冷たい殺気を当てられている。
振り向くと、アミティエが仁王立ちしていた。
「ア……アミティエ! ここの温泉は良かったろ? 最高の……」
「ねぇカイン?」
虚勢を張ったカインの声が打ち消された。
しかし、リリスより冷たい邪気(雰囲気)を出すアミティエに冗談を言っている。
これだけでカインは賞賛に値すると言っても良かった。
「……私さ、前にも言ったよね」
アミティエがそう言うと、カインは力なく尻餅を付いてへたり込んだ。
以前にもカインは覗きをしたことがあった。
カインは感覚が鋭いため、既に理解した。
――無事で済まない。
しかし逃げれば、死。
「怯えるなんてカインには似合わないよ?――吹き荒れる雷雨の閃光」
――さようなら
ふと、そんな言葉が木霊(こだま)したような気がする。
温泉の湯気だけは、彼らの命の灯火とは違い、永続的に揺らいでいた。
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