プロローグ

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世界は美しい。 ここから街を眺め渡すたび、物思いにふけってしまう。 でも美しいものはしょうがない。 青々とした夏の大気。 一言で形容してしまうのが惜しいほど優美で。 峠からの眺望は、いつもそんな所感を抱かせる。 ひそかに息づく木々の合間からは、山々によって外界から隔絶された白い建物群が見えた。 街だ。 真新しく清潔、かつ閑静な地方都市……のはずれ。 つまりはしっこだ。 市の本体はというと、激険しい山を挟んで向こう側にある。 ちなみに向こう側にはデパートもあり、時間さえかければ都心にも出られる路線がそのつま先を置き、レンタルショップはおろかゲーセン・書店・飲み屋まである。 飽食の極みを迎えた文明の、爛熟した果実がここにある。 通称『都会』。 さて、こっち側。 民家が山のようにある。 山も山のようにある。 あと学校がある。これは一つしかない。 他に目立ったものといえば、大自然ぐらいなものか。 日々を営み、働く人達を迎え、送り出し、夜は優しくも高らかに眠らせてあげるのである。 要するにベッドタウンだ。 同じ市なのに。 なにか深い理由があるのかもしれない。 なお地図上では、二つの地を分断するこの雄峰、『丘』ということにされている。 どう見てもそんな可愛いらしい代物ではない。 地図で見て文字通り丘と勘違いし、ワイフとマイサン引き連れてハイキングなど行こうものなら、家族ぐるみで遭難することうけあいである。 都会との交通手段は、電車と未舗装の山道しかない。 一応、反対方向の峠まで行けば、道がある。 ただし本当に遠回りになる。 それくらい無駄に距離がある。 田舎です。 以前、クラスの桜庭という男が、 『このNEWチャリで峠を制覇してみせる。これって、今の俺には必要なことだと思うから』 と歯を輝かせながら旅立ったことがある。 で。 桜庭は丸三日帰宅せず、警察の御出動と相成った。 買ったばかりのマウンテンバイクを軽く試し乗りしようとしたらしい。 が、調子に乗って隣町の相原市(超遠い)へあと五キロという地点にまで到達した所で故障。 その後……車通りの少ない峠の道路で、保護された。 桜庭の家はクラスメイトの桐原と同じくらい金持ちで、親も過保護だ。 西の桜庭、東の桐原と呼ばれる。
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